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赤いひまわりと神話
赤いひまわりの学名はTithoniaですが、チトニアはギリシャ神話の暁の女神、アウロラ(Aurora)と、アウロラに愛された若者ティトヌス(Tithonus)にちなんでつけられました。

 5話 エオジン
48話 オーレオマイシンとオーラミン

5話 エオジン

ヘマトキシリン(4話)の次はエオジンの話です。毎日暗い夜に続いて必ず明るい朝がやってきますが、これは暁、すなわち夜明の女神Eos(ローマ神話のAurola)のおかげなのです。彼女は月の女神セレーネーの姉ですが、妹と違って美しく、つねに男性の欲望を目覚ますように生まれついていました。そしてある時、軍神アレースと恋に陥ってしまったため、愛の女神アプロディーテーの怒りをかい、人間の男との恋に身をやつすようにされてしまいました(この話は48話にも出てきます)。

まず最初はトロイア王家の出であるティートーノスです。彼は神ともまごう端麗な風貌をしていましたので、エーオースはすっかり魅せられ、黄金の車で彼を誘惑し、東の国へ連れ去りました。そしてゼウスの大神に願って、彼に不死の齢を乞い受け、若い時を楽しく過ごしました。しかし彼はだんだんに年をとって醜くなってきました。エーオースがゼウスに願ったのは不死だけで、不老を忘れていたからです。女神は彼を1室に閉じ込めてしまいましたが、中でいつまでもしゃべり続け、ついに蝉になってしまったといわれています。

もう一人はオーリーオーンです。彼は狩人でしたが、巨人でたくましかったため、エーオースにデーロス島へ連れて行かれました。しかしおごり高ぶった彼は、そこでお産の女神アルテミスに挑んだため、女神の送った蠍に刺されて死んでしまいました。蠍は功によって空に上げられ、蠍座となりましたが、いまだにオーリーオーン座を追いかけています。

こんな浮気なエーオースですが、夜明になると、まだ真っ暗なうちに愛する男性との寝所を離れ、そのバラ色の指で翼を付け、サフラン色の衣裳を着、Lampos(光)とPhaethon(輝き)という名の2頭の馬に曳かれた戦車に乗って、瓶から夜露をまきながら、太陽神ヘーリオスの先駆けとして天空に駆け上がって行きます。彼女が天空の門戸を開くと、太陽の光がさっと宇宙に差し込み、夜明の空は真っ赤に染まります。

のちになって、テトラプロムフルオレセインのナトリウム塩がきれいな深紅色を表すことを知った人々が、かの暁の女神エーオースが夜明の空を真紅に染めて現れる姿を思い出して、これをeosinと名付けたのです。エオジンの水溶液は濃い赤褐色ですが、薄いと黄赤色となり、緑色蛍光を発します。赤インクの材料として、また特殊燃料の着色材や分析用試薬としても用いられていますね。またキヤノンのオートフォーカス一眼レフカメラ"EOS"は、Electro Optical Systemの略ですが、同時に、トータルシステムとして開発されたこの高品位カメラは、暁の女神の名前にふさわしいとして、こう名付けられたのだそうです。

さて第3の愛人とされたのはKephalosという、頭の非常にきれいな狩人です。ちなみにKephaleはギリシア語で"頭"のことです。彼はプロクリスという美しい妻との新婚生活を楽しんでいる最中にエーオースにさらわれ、空の宮殿へ連れて行かれました。そして8年間過ごす間に、ポースポロスという子供までできましたが、彼は妻の名前ばかり呼んで、どうしてもエーオースを愛そうとはしませんでした(このポースポロスは医学用語上重要な人物で、7話に出てきますから、ぜひ覚えておいてください)。女神はとうとうあきらめて彼を地上に帰すことにしましたが、最後に彼に無気味なことをささやいたのです。"お前をプロクリスのところへ帰してあげよう。けれど私にはこんな予感がする。プロクリスに会わなければよかったのに、と思う時がきっとやってくる"と。

さあ地上に帰ったケパロスはどうなったでしょう。この続きは6話で・・・。 

この文章は、「楽しい医学用語ものがたり」医歯薬出版株式会社発行 
青梅市立総合病院院長 星 和夫先生著 
5話 エオジン を引用させていただきました。
追分菊池病院 常務理事・臨床検査部長 菊池 正